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久々の宙はなんだか感覚が可笑しくなりそうだ。地上ではちゃんとした重力があって、立っているという感覚があったから。 物は何もしていなければ浮いてしまうし、水も――。 「っと、」 今日、自分の、地上から持ってきた荷物も浮いてしまう。離れて宙に浮いてしまいそうなそれを紙袋の中にちゃんとしまい、ぎゅっと抱く。 ウィーンとドアが開く音がして、中に一歩踏み込む。 「ただ今戻りました」 「おかえりなさい、」 スメラギさんが迎えてくれた。床に一蹴り、軽く入れて前に進む。地上でやったらただ前に進むだけなのに、此処だとふわっと、ちょっと浮いて進むもんだから、面白くて仕方ない。 「今日はいつもより遅かったのね?」 スメラギさんは私の頭を撫でながら聞いてくれた。私にとっての、お姉さんみたいな人だ。優しい、優しいお姉さん。 「えっと・・、いつもと検査とかは変わらなかったんですけど・・・」 検査、というものを月に一回。私は受けなくてはならないらしい。何故か理由はしらないが行かないと大変なことになるらしい、とスメラギさんが言うので素直に行くことにしている。 私がもごもごと、話しながら紙袋を握っているのを見て、スメラギさんは「なるほどね」と笑って、また頭を撫でてくれた。 「夕食はもう食べたの?」 「はい、向こうで食べてきちゃいました・・・」 そっか、とスメラギさん。頭にはまだあの綺麗な手があって、―――どうしたらそこまで綺麗になれるのだろう?とふと考えた。 「シャワーは?」 スメラギさんが聞いてきたので慌てて応える。 「それはまだ・・、」 「じゃあ、入ってきちゃいなさい?今日は何もないんだから」 何もないのは本当に久しぶりだ。勉強も、いつもだったらこの時間にあるはずなのに。それもないなんて。本当に何もない日だ。 「・・そうします!有難うございます」 スメラギさんの手が私の髪を撫でて、それから離れる。先程の温もりが消えて、少し悲しい。 「それじゃあ、おやすみなさい」 「おやすみ、」 廊下に出て、自分の部屋まで向かう。私の部屋は此処からちょっと遠いけど、こうやって浮かぶ感覚を味わいながら歩くといつの間にかついてしまう。「飽きないの?」って前にハプティズムさんに笑われたけれど、やっぱり飽きない。地上とは違う。 「あっ、」 そうだ。と、紙袋の中身を思い出す。このまま、今日はすることがないし、暇だし、いっそのこと届けてしまおう。 *** コンコン、とドアを叩く。すると、シュッと思ったよりすぐにドアが開いて、中の人物が現れる。 「えっと・・、今晩は・・・?」 中にいた人物は不機嫌そうで、私を見た瞬間に眉間に少し皺を寄せた。 「何の用だ、=」 「アーデさんにちょっと渡したいものが・・・」 紙袋をぎゅっと抱く。それをみて、アーデさんはかなり不機嫌になったみたいで、眉間の皺が深くなっている。 「必要ない」 「えっ、ちょっと・・」 急にドアを閉められそうになったので、中に足を入れた。態々言う暇もなかったから、お邪魔します、と心の中で呟く。 「お前、勝手に・・・!」 「す、すみませんっ!でも、」 渡したい物を受け取ってもらえないのは嫌だ。私の、単なる我侭だけれど。 「受け取って、欲しいので・・・」 言ってから少し、恥ずかしいなと思う。そう大した物ではないけど、アーデさんのために買ってきたのだから、ちゃんと受け取って貰いたい。 ハァ、とアーデさんはため息を吐いた。 「お前、男は苦手なんじゃなかったのか?」 「まぁ・・・、」 そうなのだ。私は確かに男性、特に外人顔の・・・・まぁ、例にあげるならストラトスさん、とか。でも、アーデさんは女の人みたいに綺麗だから平気なようだ。・・・そんなこといったらそれこそ此処からつまみ出されてしまうけれど。それは是非ともご勘弁願いたい。 ―――まぁ、女の人みたいじゃなくてもアーデさんは、彼だけは良いんだ。嫌でも触れられる、と思う。とはいっても、アーデさん自身はそれをさせてはくれないだろうけど。 「・・・これを、」 差し出したのはピンク色の薔薇、の造花。雑貨店で見た時に、いいなと思った。アーデさんに、合うな、と思った。直感的に。 「桃色・・・か、」 「え、あ、はい・・」 私の手の中にあるそれを見て、そう呟かれた。 それがどうかしたとでもいうのだろうか。ピンク、ってアーデさんが今着ているのもそうだし髪辺りにでも挿したら綺麗だと思うと買ってみたのだけれど。アーデさんの髪の色の紫とその薔薇のピンクは同系色だし。 「美しい少女、上品、気品、しとやか」 「っと・・・?」 良いますと?どういう意味なのでございましょう。ちょっと、分からなくて頭が混乱しているのですが。いきなり、なんなのでしょう? 「これが造花などではなく本物だったとして、の花言葉だ」 そんな意味があったのか。花言葉とか、確かにアーデさんは詳しいようだったけれど、本当にそうだとは思わなかった。 「・・・どれを思った?」 「へ!?」 そうか、ああ、なるほど。さっきの花言葉の中であのプレゼントは、どれの意味をもっていたのか。―――本物だと仮定してだけれど。 「特には・・・」 「意味もなく、お前は人に物を送るのか?」 ずばっと言われて、黙ってしまう。そんなこと、思ってない。意味が「全く」ないなんて、そんなことは、 「そんなこと・・、ない、です」 「じゃぁ、何なんだ?」 また、聞かれる。アーデさんは、ちゃんと言わないと納得しないみたいで、そことか、ちゃんとしっかりしてるなと思う。感心、する。 ―――って、そうじゃなくて! 「え、アーデさんに似合うなぁと思ったから・・、」 「それだけか?」 「あっ、あと、いつもお世話になっているから・・!ありがとう、って思って」 そう言うと、アーデさんはちょっと黙りこんだ。とりあえず、私の思っていることを全て、言ってしまえたら、ううん、今言ってしまおう。 とりあえず、私がアーデさんに思ってること。 「あの、えっと・・・私、アーデさんの誕生日も分からないし、ああっ、それを話しちゃいけないんですけどね、」 言いながら顔がどんどん熱くなっている気がする。本当、何だろう。自分、何を言っているんだろう。それすらも分からなくなりつつある。 「でも、いてくれて、本当にありがとう、ございます」 ちゃんと、ハッキリと目を見て言ってみた。どうしよう、この後。恥ずかしさと、ちゃんと言えたっていう嬉しさが一緒になって、泣きそうだ。泣いたりしちゃいけない。手に力を込めてみる。 「アーデさんが、此処にいてくれて私すごく嬉しいんです」 本当、自分は何処まで話す気なのだろう、全部話すと決めたからといって。でも、私はアーデさんがいてくれてすごく嬉しいんだ。今、此処にいて、少しでも、彼自身が気に食わなくてもそんな中でも、私と話してくれていて。 「・・・ふん」 アーデさんは、そっぽを向いた。暗くてよくは見えなかったけどちょっと顔が赤らんでいるみたいだった。照れてる、の? 「アーデさ・・」 「名前で、構わない」 名前、というのは『アーデ』ではなく『ティエリア』の方のことだろうか?どういうこと?そういう解釈でいいの?私なんぞが、思い上がっても良いの? 他のガンダムマイスターの方々は名前で呼んでいるけれど・・・、私みたいなヒヨッ子に、いつもは自分にも他人にも凄く厳しいアーデさんが気を許してくれたってこと? 「ティエリア、さん」 その音が、優しくて可愛くて、ちょっと嬉しい。名前ってだけで、特別な感じがする。 「動かないでくださいね」 そう言うと、ティエリアさんは抵抗もせず、受け入れてくれた。―――珍しく。 少し爪先立ちをして、それでもまだ背が足りなかったけれど頑張って右側の耳の上、辺りに薔薇を挿してみる。 思ったとおり、端麗な顔立ちのティエリアさんによく合う。 「・・・すごい、綺麗、です」 「男が綺麗と言われて嬉しいわけないだろう」 本当、ティエリアさん本人に言われるまで、彼が男であると言うことを忘れかけていた。それくらい綺麗で、どこぞのモデルの女の人みたい。 私はそう思ったのだけどティエリアさんはそれが気に食わないみたいで、すぐにそれを抜き取ってしまった。 「あっ、」 綺麗だったのに。ちょっとでも見れたから、嬉しいけどそれでも残念。そう思っているとティエリアさんが私の顎を優しく掴んで、目線を合わせて、 「お前が持っていたほうが良い」 と言って、私がしたのと同じように、耳の上に挿した。 髪が耳をくすぐっていつもだったら笑ってしまうところだったけど、今はそんなの気にならなかった。視線が、熱く感じる。私の顎を支える手が男のヒトっぽくてドキドキした。身体が、全体的に熱い。 「似合ってる、」 え? 「ティエリアさん・・?」 「何でもない!」 手が離れて、呟かれた言葉。何て言ったのか、声が小さくてよく分からなかったけれど、ティエリアさんが何でもない、って言うんだからきっと大したことじゃなかったんだろう。と思う。 暗闇の中でも分かるくらい、ティエリアさんの顔は赤くて・・、大丈夫かな?此処に私が来たから、疲れさせてしまったのだろうか? 「ありがとう、ティエリア」 「、っ!?」 「なんて、―――すみません・・・」 ちょっとからかってみるつもりで言ってみた言葉。アーデさ・・・否、ティエリアさんは、上手く引っかかってくれたみたいで、騙した側としては嬉しい。自然と顔が綻ぶ。一方、ティエリアさんにハァ、と深くため息を吐かれた。 「早く自室に戻って寝たらどうだ?」 ティエリアさんの後ろの時計を見ると、もう既に日付が変わっていた。私、そんなに長居してたのか。自分では全く気づかなかった。 「えっ、あ、そうですね・・!」 部屋から一歩、後ろに下がって廊下に出る。ティエリアさんもどうやら見送ってはくれるみたいで、私と一緒に一歩前に進む。三十センチばかりの、保たれた距離。 「おやすみなさい、ティエリアさん」 深く頭を下げる私の上、ティエリアさんがぼそっと一言呟いた。 「・・・おやすみ」 桜夜 (彼は怖いけど、ただ素直じゃないだけで、―――すごく良い人なんだって) 自室に着いた後。「あ」今更になって気づいた。紙袋を机の上において、それから右手で自分の耳の上を触る。髪の感触ではない。 「結局、自分で貰ってきちゃった・・・」 桃色の、薔薇。 |