「ユリウス」

私の声が、この暗くじめじめした部屋に響く。中にはランプが一つ、それから人が一人。ユリウスが目の前にいる私の方を見る。彼の目の下に薄い隈。きっと、しばらく寝ていない。

「なんだ」
「・・相変わらずそっけないのね」
「そういうお前は相変わらず狂っているな」

売り言葉に買い言葉。ユリウスは私を見るのを止めて、自分の手の中の時計に視線を戻した。
ちくたく、音がする。そういえば、この部屋には時計がやけに多い。ちく、ちく、たく、たく。様々なタイミングで同じ音が、更にそれが反響するんだから気味が悪い。
私は近くの机に手をかけて、それから口を開いた。ユリウスは時計を見たまま。

「この世界の人間――、違うわね、この世界の『ヒト』はみんな狂っているでしょう?」

あなたも含め。口元を歪めて、笑う。くくく、という声が洩れる。ユリウスは時計を見たまま、鼻を鳴らした。
皮肉だったか。でもそれが事実だ。この世界の『ルール』だ。

「それで、何の用だ」

ちくたく、という規則正しい音がそろそろ勘に触ってきた。壊してしまいたい。私たちの大事なもの。
壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい・・!!
でもこんなところでそんな荒事したら、ユリウスに銃を突きつけられて頭を飛ばされるだろう。

「いえ、何も。暇だったから」

平静を装って答えを返す。なるべく感づかれないように笑顔で。
ユリウスは私の心の中には気づかなかったみたいで、ただ眉を寄せた。

「お前は暇だったからで此処に来るのか・・?」
「えぇ」

笑顔で答える。ユリウスの眉間の皺が余計に濃くなるのがランプの明かりでもはっきりと分かる。
あら、そんなに勘に触ったかしら?

「邪魔だ、とっと出て行け」

私の後ろにある出口を指差された。暗く続く階段。この下を女の子に一人で帰らせようとするなんて・・!
鬼畜。なんて言ったら更に帰ることを強要されるだろう。それは避けたい。

「エースには大歓迎されたわよ?」
「まだ此処にいたのか、あいつは・・」
「そうみたいね」

此処の階段を上っていた時のことを思い出す。



「ユリウス、上にいるわよね?」
「今ユリウスなら自室で時計直してるぜ」と笑顔で言われた。
「ありがと、」

エースはまた笑うと、赤いシミのついた彼曰く『仕事着』をひらりと翻して下まで駆けて行った。

「またなー、!」

と彼の声が響いて聞こえた。



状況をなんとなく察したのか、ユリウスははぁ、とため息を吐いた。「エースの奴・・・」と呟いている。

それでもこの人はあの騎士を辞めさせる気はないんだ。分かってる、優しい人だって。私とは違う。
そんなことを考えながら手で辺りを探る。こつんと、冷たい金属のようなものが指に当たった。・・コーヒーミルだ。

「・・・コーヒー、要る?」

私がそう聞くとユリウスは動かしていた手を一瞬だけ止めた。それから、小さな声で呟いた。

「・・あるなら」

一言言って、また手を動かし始める。

「じゃあ、借りるわ」

近くに一緒においてあったコーヒー豆を、ミルに入れる。蓋をして、ごりごりとハンドルを握って回す。

「ユリウス」

手を動かしながら、彼の名前を呼んだ。ゴリゴリと固い豆が削れる音と時計の音がする。
どちらも規則正しくて、―――余計に腹立たしくなる。

「なんだ」

ユリウスの低い声は空気と一緒に消えてしまいそうだった。
・・・そうだ、彼も私と同じなのだ。そんなことを思い出す。『役持ち』でルールに縛られた人。

「この世界、壊れてくれないかな」

ユリウスは黙った。豆が粉になる音が、止む。変わりに三つの時計の音が大きく聞こえた。ちくたく、ちくたく。

「早く壊れてしまえばいいのに、こんな狂った世界」



chess game



所詮私たちは駒。ルールという盤に乗せられた駒。