「時間が経つのは早いものですね」
あなたは言う。それがどうかしたのかっての。当たり前のことじゃないか、そん なの。
私は口には出さずに、ただ顔を膨らませた。頬杖をついて、そっぽを向く。目は 、窓にへばりついた雨を写している。

そんな私を見て、あなたは眉をハの字に、ちょっと困ったように笑った。
「すみません。つまらない話でしたね」
あなたはため息を吐くと、組んでいた手を解いた。ギュッと重なっていた あなたの手が思ったよりもあっさりと解けた。互いがゆっくりと離れて、離れた まま、机という地についた。あなたは、口を開く。私は、それをじっと見つめる 。屋根を叩く雨が、はっきりと聞こえる。痛い音だ。耳が痺れる。
「時なんて、結局はそんなものなんでしょうね」
一息ついて、また、「君と会ったことが、ついこの間の出来事のように思います 」
優しい声は、堕ちる。私を突き落として、差し伸べられる助けの光から遠ざける 。広がる世界は闇だ。

「そういえば、私は何時あなたに会ったんだっけ」
私は素直に、するりとそう言った。するとあなたは不気味な位きれいな顔をした 。私は、その瞬間、きっと間抜けな顔をしてあなたを見ていたと思う。――惚れ た、んだと思う。
「それは僕も、分かりませんよ」
「随分と昔の話なので」
いつの間にか、雨は止んでいた。水滴が、私とあなたの顔を写した。そう、それ だけだというのに。私は水に映るあなたの目に恐怖を覚えたのだ。

「むくろ」
私はあなたを呼んだ。いつもより高い、綺麗な声だった。
「何ですか」
声が優しい。優しさに安心して、私はあっと言う間に闇に消えてしまうのだ。あ なたは笑っている。目の中の六が妖艶に煌めく。赤の色はこの空間にはおかしい 程浮いていた。
「あなたは誰」
あなたは笑うだけで、何も言わない。だが、それでいいのだ。あなたに対する質 問が笑いで消されてしまっても、それでいいのだ。



それだけで、私はアナタを知ることができたような錯覚に、陥ることができるのだから。