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「全てが偽物だったら良いのに」 私がそう言うとあなたは哀しそうに笑う。部屋の外でぽつぽつ降る冬の雨は、冷 たいだけで何もない。 「…そうですか」 カチャンとティーカップが置かれる。「ありがとう」「いえ」カップから漏れる アプリコットの匂いが良い。その中に固形砂糖を一つ。じわじわと浸食されてい く。ティースプーンを紅茶色のそれに沈めて、一混ぜ。取っ手を指にかけて、ズ ッと吸った。あ。美味しい。ちょっと熱いけど。私は一度、湿った息をついた。 それからまた息を吸う。そこら辺の空気吸い込んでも、雨のじめっとした匂いは まだしない。このまま、過ぎてくれれば。通り雨だったらいいのに。また息をつ く。音を立てないように、静かに。 「お主は、」 ふと、あなたは呟いたね。 「本物が嫌いということですか?」 ――そうじゃない。 「そうじゃないのよ。バジル」アプリコットの匂いを鼻の奥まで吸い込む。やっ ぱり良い匂い。 「本物があるから偽物があるでしょ?」 例えば高価な宝石がある。その宝石は本物に価値があるから高価な訳で。だけど 偽物っていうものは、価値があるように見せる、ただの泥棒でしかないと思われ ている。 「本物があるから偽物があるの。その、偽物があるからこその価値なのに」 と、言いかけて思い出す。『みんなを守りたい』と言った“偽物”と言われてい た“本物”の少年の事を。栗毛の髪が良い匂いをしていたのは、数ヵ月経った今でも忘れな い。 「…お主は、賢い」 不意にバジルがそう言った。そして、続ける。 「けれどそれと同時に脆い」 バジルが何を言いたいのか。私にも分かるよ。 ――良いのよ。 ふっと笑みを浮かべる。良いのよ。バジルはまだ心配そうに私を見た。 「大丈夫よ」 バジル。心配されなくったって私は大丈夫。 アプリコットの匂いを肺の奥まで充満させる。ぐい、と一飲み。白くなったカッ プを皿に置く、シャンと鈴が鳴いたような音を出した。 「バジル、おかわり」 雨の匂いがする。 |